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教員紹介
氏名 明石 純一(あかし じゅんいち)

「国境を越える政治」【移民・難民研究/アジア地域の国際人口移動の分析/グローバルガバナンス】


人(あるいは労働力)・物(商品)・金(資本)、そして情報があたかも自由に国の境界線を越えているかにみえる現代社会を、「ボーダーレス」と形容することが増えました。グローバル化により世界は「ひとつ」になる、ということも頻繁に語られます。しかしそれはどこまでが本当のことなのだろう。そもそも「国家」、「国境」、「国籍」、「国民」ってなんだろう。世界各国を放浪していた大学時代にふと頭に浮かんだこの疑問に取りつかれ、今もまだ回答を探している最中です。政治学を含む社会諸科学の習得と行動による実体験を通じて現代社会の変化と普遍性を理解すること、そのような学びの場をみなさんと共有したいと考えています。


氏名 近藤 康史(こんどう やすし)

「政治思想」「政策過程論」「現代政治分析」【政治理論・思想/福祉国家論/イギリスを中心とした現代ヨーロッパ政治】


政治学を志す理由の一つに「社会を良くしたい」というものがあるでしょう。しかし、自分にとって「良い社会」が他人にとっても「良い」とは限りません。社会には様々な考え・価値を持つ人々が存在するからです。その多様性を踏まえながら、いかに平和的な共存の方法を見出すか、これこそが政治学の根本的な問いです。その問いへ向けて、まずはできるだけ多様な人々との付き合いやコミュニケーションを通じて様々な考えや価値に触れてみましょう。それが政治学への第一歩です。


氏名 鈴木 創(すずき そう)

「比較政治学I」「比較政治学II」【現代アメリカ政治/議会研究】

新聞やテレビで政治が語られない日はありません。政治についての知識やイメージを得るこ とはそう難しいことではないでしょう。でも、常識とされていることが本当に正しいのか、 常識とされる現象がなぜ起きているのか、ちょっと立ち止まって自分の頭で考えてみてください。有名な評論家がテレビで話していることも、大学の先生が本で書いていることも、批判的に考える姿勢を身につけましょう。

氏名 竹中 佳彦(たけなか よしひこ)

「日本政治論」「日本政治思想」「現代政治外交I・II」政治学・日本政治論(イデオロギーと政治意識、投票行動などの計量分析/戦後の政治外交史・思想史)


政治とは、あらゆる人間諸集団に見られる、人間の相互作用によって生じる現象です。それを対象とする政治学は、古代ギリシャにまでさかのぼれる学問で、経済学や心理学、社会学、歴史学などの隣接諸科学の影響を受けながら発展し、時代に応じた役割を果たしてきました。複雑な現代の諸問題を解決するために、学問はますます学際化し、総合的な視点で物事を捉えて政策的に思考する人材が求められています。社会科学を広く学びながら政治学を学べる社会学類のメリットを生かし、そのような能力を培って下さい。


氏名 崔 宰栄(ちぇ じぇよん)

「計量分析入門」【計量政治学】


社会をとりまく色々な問題に対し、自分なりの意見を持って積極的に取り組みながら、自分の価値や潜在的能力を導き出し、社会の一員として何ができるのか、何をすべきなのか、という問いに答えを見つけてみませんか。


氏名 辻中 豊(つじなか ゆたか)

「政治学」「市民社会政治論(大学院現代文化・公共政策専攻)」【各国の市民社会と政治/NGO・NPO・利益集団/政治過程の比較分析】


政治は面白い...と15歳で感じてから、30年余、私は今も楽しく研究しています。中味はいずれ講義で聞いてください。政治は運命への自己決定という側面もあり、どうしようもなく大きな歴史の流れという側面もあるので、多様な接近が必要です。歴史の奔流に流されず、メディアやエリートに操られず、自分が主人公になること、そのために政治がありますが、さてその肝心の自分とは何でしょう。それを知ることから研究が始まります。そのためには自分「研究ノート」をつけましょう。


氏名 古田 博司(ふるた ひろし)

「東洋政治思想」「情報戦略と政治」【東アジア政治/北朝鮮・韓国政治/東洋思想史/朝鮮史】


近代を支えていた様々な擬制が壊れ、こちら側だけでは普遍を指向できない時代が訪れています。従来の学問の通説がいつの間にか現実妥当性を失って屑かご送りになる、そんなことはもう日常茶飯事です。ニーチェは19世紀の人ですが、『権力への意志』のなかで、すでにメタ物語を破壊し、その先のものまで斬りつけています。いわく、「現象に立ちどまって『あるのはただ事実のみ』と主張する実証主義に対して、私は言うであろう、否、まさしく事実なるものはなく、あるのはただ解釈のみと」。でも人間は世界の解釈をしなければ世界に住んでいられません。世界を何々圏という圏に分けて認識したり、検索エンジンのように全ての項目をあげてそれを類型化したりする、新しい学問の方法も模索されています。私の講義は、いま謙虚にこの時代に向き合い、真摯に格闘することから始められます。参考書は、古田博司『「紙の本」はかく語りき』(ちくま文庫)を挙げておきましょう。


氏名 松岡 完(まつおか ひろし)

「政治外交史」「欧米政治外交史」【アメリカ政治外交史/冷戦史/ヴェトナム戦争史】


受験勉強中のみなさんは、世界史や日本史は「暗記科目」で、つまらないと思っているのでは?でも本当は、歴史とは推理小説のようなもの。世の中に発生した無数の出来事の中から、それぞれの目で「事実」を選び出し、独自の「解釈」を加えることで、何が起きたのか、なぜそうなったのかという「物語」をつくりあげていく作業です。20世紀、とくにその後半の政治外交史を舞台に、その面白さを一緒に味わっていきませんか。


氏名 南山 淳(みなみやま あつし)

「国際政治学」「国際紛争論I,II」【国際政治理論/国際安全保障論/グローバル化と国際紛争/国際組織】


「ひとりを殺せば犯罪者となり、数百万人を殺せば英雄となる、数が殺人を神聖なものにするのです...」映画『殺人狂時代』(1947)のなかでチャップリン演じる連続殺人犯が発したセリフです。倫理的判断はどうあれ、人間の生命を理不尽(・・・)に(・)奪う行為という意味では,殺人と戦争の分岐は犠牲者の「数」に求めるしかないのかもしれません。ただ誤解してはならないのは,大量虐殺の結果、殺人が正当化されるわけではなく、「正当」とされる目的が戦争行為における殺人を合理化するという点です。
戦争目的が正しい否かの判断は、人によって,国によって、時代によって大きく変わってきます。アメリカ政府が、9.11同時多発テロの「首謀者」としてウサマ・ビン・ラディンを殺害した直後、アメリカ国民が歓喜する映像は、たとえ1個人の生命を奪う行為であっても、それが「テロとの戦い」という「正しい」目的のためには合理化されるという国際政治の冷徹な現実を、改めて私たちに見せつけました。その意味では、冒頭の醒め見方すらナイーヴなものに感じてしまうのは、私だけでしょうか(もはや「数の問題」ですらなく、理屈さえ通れば「容疑者」を問答無用で殺害することが「正義」として賞賛される!?)。「正しい戦争」は本当にあるのか、この難題を皆さんと一緒に考えていきたいと思います。


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