模擬刑事裁判は、架空の事件を素材として刑事訴訟法演習の一環として行われました。これは、当事者が犯罪行為の存否をめぐり実際に対立し裁判官ももっぱら当事者の証拠だけから判決するという、大変ユニークな方式で実施されました。本来、この演習は、判例評釈を通じて刑事訴訟法上の重要問題を議論するため開設されておりますが、演習での刑事手続を再現し実体験することで問題の実質にアプローチしたいと考えるようになり、教授も、受講生のそうした意識高く評価されました。こうして、受講生の学習意欲と教授のご理解が実を結び、前述のような独特な方式の模擬裁判が実現しました。

すなわち、この模擬裁判の特徴は、学生扮する裁判官・検察官・弁護人が各自の立場からしか事件にアプローチできないというかたちで、刑事裁判の過程を再現したところにあります。事件の内容やその証拠は、あらかじめ、模擬裁判をプロデュースする学生グループによって組み立てられます。彼らは、検察官と弁護人がアクセスできる証拠・情報を限定しておきます。他方、裁判官には情報をいっさい知らせません。

事件は、警察から検察官へ自動車運転に関わる犯罪が事件送致されてきたところから始まりました。検察官は、証人から事情を聴取し、また、事件現場に設定された場所を調査し、収集した証拠に基づき事件を起訴しました。他方、弁護人も、一貫して犯罪を否認する被告人のため、検察官と同様に証拠を収集し、裁判所での審理に備えました。審理が開始され、3人の裁判官は、真っ向から対立する検察官と弁護人の主張を聞き、はじめて事件の具体的内容を知ります。そして、実際の裁判と同様のかたちで、両当事者が証拠を提出し、証人を尋問し、裁判官はそれらを注意深く見守りました。証人尋問における丁々発止の攻防の末、判決公判で裁判官が下した判断は、被告人の有罪でした。

この模擬裁判を通じ、検察官役や弁護人役の学生が知ったのは、証人や被疑者などから供述を引き出すことの難しさや、事件現場などに赴き調査することの大変さであり、また、裁判官役の学生が実感したのは、対立する主張から真実を発見せねばならないことの困難さでありました(じつは、設定された事件の真相によれば、被告人は無実だったのです)。さらに、被告人役や証人役を務めた学生(模擬裁判をプロデュースした学生グループ)は、尋問されたり法廷の真ん中で証言したりする経験を通して、被告人や証人の気持ちを知ることができました。すなわち、彼らは、裁判官や検察官に注視され問いただされながら話をする状況が、日頃裁判所になじみのない人達にとってどれだけ大きな心理的負担になっているか、身をもって理解できたのです。

この模擬裁判を通して、参加した学生はそれぞれ、人生に大きな影響を与える何かを得たにちがいありません。現に、弁護士へのあこがれが強まり、司法試験に向けて勉強に熱が入った者や、刑事訴訟法への興味を深め、研究者を志して大学院に進学した者もおります。 こうした体験ができることもまた、大学という場における授業の醍醐味といえるのではないでしょうか。

模擬刑事裁判